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東京高等裁判所 昭和52年(ラ)296号 決定

再抗告人

服部正

右代理人

川崎友夫

外四名

主文

本件再抗告を棄却する。

理由

第一再抗告の趣旨及び理由

本件再抗告の趣旨は「原決定を破棄し、さらに相当な裁判を求める。」というのであり、その理由は別紙再抗告理由書のとおりであり、要するに本件証書は指図証券又は譲渡制限付記名株券類似の無記名証券である有価証券であるから公示催告の手続により無効とすることができるし、仮に記名証券だとしても民法施行法五七条に条理上包含される有価証券であるから同様であるというものである。

第二当裁判所の判断

一よつて判断するのに、有価証券とは一般に財産権を表彰する証券であつて権利の移転行使が証券をもつてなされることを要するものとされており、従つて権利者がこれを喪失した場合権利の移転行使が不可能になるのでこれを何等かの手続で救済する必要がある。

そこで民訴法は商法その他実体法に規定する有価証券たる証書についてその場合の救済手続を定めているのであるが、右の趣旨からすると右実体法の規定は条理により拡張又は縮少することができるものの、有価証券でない証券は右手続の対象外にあるものと解するを相当とする。

二ところで原決定が適法に確定した事実は次のとおりである。

(一)  本件証書は、平和観光開発株式会社(昭和四九年九月三日現商号平和農産工業株式会社に変更、同月九日右登記)が再抗告人に対して発行した姉ケ崎カントリー倶楽部入会証書である。

(二)  右入会証書の表面には「姉ケ崎カントリー倶楽部入会証書、金額欄(白地)、上記の金額は姉ケ崎カントリー倶楽部入会保証金として正にお預り致しました。仍つて本証は姉ケ崎カントリー倶楽部正会員の資格を有せられることを証します。

1 この預り金は姉ケ崎ゴルフ場開場の日から満拾年経過後に同号各名義人から請求があつた場合本証と引換えに上記金額を返却致します。この場合利息はお付けしません。

2 会員の資格は倶楽部理事長の承認を得てこの証と共に他人に譲り渡すことができます。又譲り受ける人は当会社が本証裏面に名義変更を承諾することによつて前会員と同等の資格を得られます。

3 本会員は別に定める姉ケ崎カントリー倶楽部の規定の適用を受けます。

昭和  年  月  日、平和観光開発株式会社取締役社長菅浦一」との不動文字の記載がある。

(三)  右裏面には、譲渡年月日、譲受人氏名、譲渡人印、譲受人氏名の各欄が印刷されている。

(四) 本件証書の表面には右不動文字の外に証書の名宛人の記載、証書額面が金二〇万円である旨の記載、証書番号(No. 161)の記載があり、発行年月日が昭和三五年七月二二日と記載されている。

(五)  右証書裏面の譲受人氏名欄には最終譲受人として再抗告人の氏名が記載され、譲渡人氏名欄には再抗告人に対する譲渡人として申立外倉田千恵子の氏名が記載されている。

三右の事実によると、本件証書は元来姉ケ崎カントリー倶楽部正会員であることを証する証書であり、右会員と平和観光開発株式会社(現商号平和農産工業株式会社)(以下会社という。)との間には、会員のゴルフ場施設の優先的利用権、会員の一定期間経過後退会時に請求できる預託金返還請求権、会員の会費納入等の義務を包括する債権関係があるものと解される。

そうすると会員は元来ゴルフ場施設を利用することを目的として入会しているものであり、預託金は右目的に付随して預託され一定期間無利子のまま据置かれる金員であり、又会員には前記義務も伴うことから、右会員の権利が現実に売買取引されているとしても、それはゴルフ場施設利用権、予託金返還請求権のほか会員の会社に対する義務をも包括した法律上の地位が一体として取引されているものというべきである。

しかし会社にとつてはゴルフ倶楽部の品位を保つため、又会員の義務履行を確保する等のため、会員の入会にあたつてその者が右ゴルフ倶楽部の会員としてふさわしいかどうかが重要な関心事となり、無差別な会員の地位の譲渡を抑制する必要のあることは容易に首肯し得るところである。

そこで本件証書においても一見証書上には姉ケ崎カントリー倶楽部の正会員資格と預託金返還請求権が一体となつて表示されており、本件証書の裏面の記載からすると、右預託金返還請求権および会員資格が一体として裏書譲渡することが可能とされているようであるが、表面の記載から明らかなように、会員は姉ケ崎カントリー倶楽部の規定の適用を受け種々の権利義務を有し、さらに預託金返還請求権および会員の資格の譲渡は、単に裏書交付によるだけでなく、妹ケ崎カントリー倶楽部理事長の承認を得、さらに会社が名義変更を承認するという一連の手続が要求されているのである。

四ところで前示のように有価証券とは財産権を表彰する証券であつて、権利の移転、行使に証券を必要とするものと解するを相当とする。

しかし、本件証書は一見指図証券類似の形態を具えてはいるが、前示のようにその表彰された権利はいわゆる預託金会員組織のゴルフ会員権であつて一般に会員としての権利行使に会員証書の所持が絶対に必要であるとは解し難く、本件証書上にも会員権の行使に本件証書の所持を要する規定の記載はないから、その権利の行使に本件証書を必要とするものということはできない。即ち権利の行使については、会社には会員に関する書類も存するわけであるから、会員が証書を所持しなくてもその権利を証明することは容易で、その証明によつて権利を実行することができるわけであり、その権利の行使に本件証書が必要であるとは解されない。

次に前示のとおり、本件証書上の権利の移転には一連の承認手続が必要であり、又義務も伴つているのであるから、そこには流通を妨げるものが多く存在するのであり、さらに会員券を他の有価証券のように転々流通させなければならない必要性もみられない。

又かりに無権利者から本件証書を取引によつて取得した善意者があるとしても、右証書は前示のように高度の流通を予定しておらず、右移転には会社、倶楽部理事長の承認が必要であるから、会社としてはこれを権利者と認めることを要せず、通常有価証券にみられる善意取得の制度も本件証書には認められていないものと解すべきである。

もつとも本件証書の表面には上記のとおり「この予り金は姉ケ崎ゴルフ場開場の日から満拾年経過後に同号各名義人から請求があつた場合本証と引換えに上記金額を返却致します。」「会員の資格は倶楽部理事長の承認を得てこの証と共に他人に譲り渡すことができます。又譲り受ける人は当会社が本証裏面に名義変更を承諾することによつて前会員と同等の資格を得られます。」という記載があるが、前示本件証書の性質からして直ちにこれをもつて会員権の移転行使に本件証書が必要であると解する資料とすることはできない。

五そうすると本件証書は所論のような有価証券であると解することはできず、姉ケ崎カントリー倶楽部の会員であり、預託金返還請求権者であることを証する証拠証券であるというべきである。

六以上のとおりであるから、本件証書が公示催告の対象となる証券ではないとした原決定は相当であり、本件再抗告は理由がないのでこれを棄却し、主文のとおり決定する。

(吉岡進 園部秀信 前田亦夫)

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